最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)747号 判決 1981年1月30日
上告人
藤澤明哲
右訴訟代理人
松本剛
被上告人
伊藤八朗
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松本剛の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、是認することができ、右事実関係のもとにおいて、本件マンション購入者と訴外ユニチカ興発株式会社との間の駐車場専用使用権の設定に関する約定が公序良俗に違反するものとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木下忠良 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶 宮﨑梧一)
上告代理人松本剛の上告理由
原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。
一、本件紛争の概略 <省略>
二、原判決の法令違背
1 <省略>
2 原判決には採証法則、ないし事実認定に関する経験則違反および民法九〇条の解釈・適用の誤りがある。
(一) 上告人の、公序良俗違反との主張はつぎのとおりである。
(1) 本件専用使用権は、訴外会社と共有者との間の売買契約書(乙第四号証・一〇条二項)に規定する駐車場としての専用使用を承認する旨の文言があることを根拠とするのであるが、右契約の実体は、いわゆる附合契約であつて、購入者たる共有者に、交渉・判断の余地は残されていない。もつとも、マンション購入自体を断念すれば、右契約に拘束されることもないのであるが、現在の住宅事情(借家自体が少ないのみならず、マンションの場合住宅ローンの完備等で、通常、家賃相当分程度の弁済によつて購入でき、さらに、地価等の高騰によつて、早期購入の利益は大である)の下では、売買契約の一条項に異を唱えてマンション購入を断念することは想像だにできない。
また販売者は、購入者と比較にならない知識と情報を有しており、購入者が、対等の立場で契約の各条項を判断することも期待できない。
本件の「承認した」旨の条項についても、右のとおり訴外会社が、その経済的優位性と購入者の知識・情報不足に乗じて、二重に利得をあげんべく図つたものである。
その結果訴外会社はわずか12.58平方メートルの土地に対する専用使用権の対価として四〇万円を取得し、計二〇区画八〇〇万円の利得を得た。
なお、被上告人は、右利得分だけマンション価格が低廉になつている旨主張するが、一審判決が正当に指摘した如く、右主張には何らの根拠もない。
(2) 他方、上告人ら大多数の共有者は、本件土地を含む駐車場専用使用権設定部分について、その使用権限を失つているのみならず、その固定資産税負担を免かれないという不利益を受けている。
(3) さらに被上告人ら専用使用権を有する共有者は、金四〇万円を当初支出する他、月五〇〇円程の費用を負担するだけで、専用使用しているが、右当初金は、本件マンションを退去する等必要がなくなつたときは、より高額の対価で他に譲渡できることは容易に推察され、ちなみに本件マンションの二階の東田つぐみは、吉本某に七〇万円で譲渡している(原告本人調書八号)。また、仮に四〇万円の権利金を支払う場合でも、月五〇〇円程度の費用で、一般の駐車場を得るのは不可能に近い。すなわち、本件専用使用権は著しく有利な権利であることは明白である。
(4) 以上のとおり、本件専用使用権設定契約は、訴外会社が過大な利益をあげんため、共有者の住宅購入の必要性、法律関係等に対する知識不足等に乗じて附合契約として締結せしめたものでありその結果、共有者間に著しい不平等をもたらしたものであるから、公序良俗違反として無効というべきである。
(二) 右主張に対し、原判決は、つぎのように判断した。
(1) 購入者の無知および現時の住宅事情に乗じて、訴外会社が二重の利得を得たとの主張については、乙第一四号証を援用して、上告人の主張を排斥した。
しかし、乙第一四号証のごとき計算書が存在することは当然のことである。問題は、その収益率にあるのであり、本件では、当時、既に普及しつつあつた賃貸方式を殊更採用せず、問題の多い分譲方式をとつたのは、購入者が、専ら、マンション分譲価格に注目して購入の可否を決めることに乗じて、専用使用権分譲価格分を利益に上乗せしようとしたものであることは、経験上容易に推察し得るところである。
これに対し、被上告人が有効に反証するには、乙第一四号証では何らの意味をなさないにもかかわらず、原判決は、右証拠を唯一の根拠として、上告人の右主張を排斥したもので、採証法則ないし事実認定についての経験則違背がある。
(2) また、共有者間の不平等の問題について、原判決はマンション分譲契約の際、本件専用使用権の存在を承認した上で締結しており、また不平等の程度も著しくない旨判断した。
しかし、右承認の問題については、前記したとおり、事実上、選択の余地のない中で、一般に、その条項の意味も深く検討しないまま、締結されたものであつて、暴利行為等に関する先例に照らすまでもなく、公序良俗違反の事実の存否を判断する際、原判決のような形式的判断は許されないと考える。
また、不平等の問題についても、現在の駐車場確保の実体(距離及び料金)をみれば、後に、高額で譲渡できる専用使用権の対価四〇万円を支払つた他、わずか月五〇〇円程度の負担で、敷地内の駐車場を専用使用できる本件が不平等の程度が著しくないとは到底いえない(ちなみに、原判決は、管理規約の変更によつて、不平等是正をなし得る旨判示するが、日本的風土の中で、そのような是正は現実には不可能に近く、本件の如く、分譲業者に責任をとらせる方向での解決が試みられるのが通例である。なお、被上告人に対して訴を提起した経過は前記のとおり)。<以下、省略>